3.11震災から二年。捜索体験で学んだこと。

2013-03-12
カテゴリー: 刑事ネタ

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私はちょうど二年前、「広域緊急援助隊」という部隊にいました。
「広域緊急援助隊」とは全国で大規模な災害が発生した時にまっさきに現地に飛び、生存者を救出するための部隊です。
あの日の夜、私は部下60数名を率いて福島県に入りました。原発の放射能漏れの情報があり、現地は避難命令が出されていました。また余震による津波警報も頻繁に出されていました。
そんな中での行方不明者の捜索活動。
現地の警察から海岸線のある町を指定され、地図を頼りに現地に向かいました。
現地に着くと船が海岸から内陸部に流され、道路上に横たわり、住宅街があったであろう町は瓦礫の山。どこに住宅があったのか全くわからない状態。この町には高さ6メートルの津波がきたとの話でした。
捜索開始前に私は部下に指示をしました。
「避難した被災者はいまも避難所で家族の安否を確認できないでいる。その被災者の気持ちになって、被災者の手となり足となったつもりで探してくれ。一人でも多くの命を救おう。一人でも多く!!」
30歳前後の若い隊員たちはその意を汲んで、泥だらけになって瓦礫をかき分けながら一生懸命捜索活動に従事してくれました。
現地に滞在した都合5日間の食事は朝昼晩ともに缶詰とマジックライス。夜間の睡眠は全員が足も伸ばせない車両の中で丸まって寝ました。風呂はもちろん入れずタオルで体を拭いて我慢しました。
結局捜索活動に従事した実質3日間で発見できた生存者はゼロ。そしてご遺体はたったの3体でした。
ご遺体はほとんど引き潮で海に持っていかれたのでしょう。陸地にはほとんどありませんでした。
私がこの体験を経て学んだことはたくさんあります。
人間は自然の前では無力であること。普通に生活できることがいかに幸せであるかということ。人間はいつ死ぬかわからないということ。生きているだけでもめっけものだということ・・・。
そんな思いもあり、私は「起業」にチャレンジすることにしたんです。
こんな話を聞いたことがあります。
「あと3日しか生きられないとしたらあなたは何をしますか?」と大勢の人に聞いてみた。
殆どの人は「家族が仲がよくないので最後は家族団らんで仲良く食事をして楽しく過ごしたい。」「親父と喧嘩別れになってるから最後くらい仲直りして一緒に酒が飲みたい。」「不義理にしてる恩師に会ってお礼が言いたい。」「別れた妻に自分の過ちを謝って人生を終えたい。」などと言う。
そこで再び聞いた。
「なぜあなたは3日あればできることを一生かけてやらないんですか?」と。
命には限りがあります。
今の時代、あなたの身になにがあってもおかしくない。自然災害、交通事故、通り魔・・・。
今日、いや明日、3年後、10年後・・・。あなたの命があるとはだれも保障できないんですよね。
生きてる今を大事にするべきじゃないんでしょうか。
いますぐやらなきゃいけないことがあるんじゃないでしょうか。
さあ、我々は今日も生きてます。
あなたはどうやって今日一日を過ごしますか?(^.^)

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